IN JAPAN
KISS LIVE IN JAPAN

    1977 SNEAK ATTACK TOUR

 Schedule

3/24 大阪 厚生年金会館ホール
3/25 大阪 厚生年金会館ホール
3/26 京都 京都会館第一ホール
3/28 名古屋 愛知県体育館
3/29 大阪 フェスティバルホール
3/30 福岡 九電記念体育館
4/ 1 東京 日本武道館
4/ 2 東京 日本武道館(Day Show)
4/ 2 東京 日本武道館(Night Show)
4/ 4 東京 日本武道館

 Set List

Detroit Rock City
Take Me
Let Me Go,Rock 'N' Roll
Ladies Room
Firehouse
Makin' Love
I Want You
Cold Gin
Do You Love Me
Nothin' To Lose
God Of Thunder
Rock And Roll All Nite
-----Encore-----
Shout It Out Loud
-----Encore-----
Beth
Black Diamond

 in JAPAN 1977

地獄の狂獣来日!!

連日大きくメディアに取り上げられ我らがKISSがついに1977年やってきた。
時代はKISS、AEROSMITH、QUEENに代表されるロックバンド全盛の頃。
レインボー公演で最悪の結果を招いてしまうこの時代に、ALIVE! の成功からDestroyerを経て完全に勝利を勝ち取ったバンドは前年に続くアルバム Rock And Roll Over をリリース、そのアルバムツアーROCK AND ROLL OVER TOURで桜満開の中日本に初上陸したのだ。
3/18に一行はパンアメリカン機801便で羽田空港に入港、入国審査の際パシポートとの照合をする為一旦素顔になり入国審査、さらにメイクを施し大勢のカメラマン、ファンにやっと姿を表した。
実際は19日来日の予定だったがVIP渡米の為空港が閉鎖される事となり、繰り上げて来日となった。
19,20日はオフでメンバーは原宿キディランドに行ったり、神田商会(グレコの発売元)に行きミック・ラルフス・モデル(MR-1000)を購入、後の大阪公演の初日にステージでも使用した。
21日は共同記者会見[新聞記事1|記事2|インタビュー音声]が行われ地獄の軍団に尊敬する人は誰か?など和やかなインタビューが行われた。最後にはポールの日本語によるメッセージもあり、バンドも日本をいたく気に入った様子でこれから始まる日本公演に期待を寄せることになる。
この後、メンバーは大阪入り、22,23日リハーサルを万博ホールにて行う、主にステージの問題や火関係についてのチェックが消防関係者などの前で行われたようだ。
24日はいよいよ大阪公演初日[チケット|パンフレット]厚生年金会館ホール。オープニングアクトはBOWWOWが勤めた。(25日も同ホールにてライヴ)
26日は京都に移動、京都会館ホールでライヴ、翌27日メンバーは京都見物に金閣寺、仁和寺、霊山寺など名所旧跡に足を運んだ。その後名古屋入り
28日は名古屋、愛知県体育館でライヴ、終演後KISSは再度大阪に戻り、29日大阪フェスティバルホールで大阪に別れを告げる。
30日、大阪より福岡に移動、福岡九電体育館でのライヴ、その後市内のクラブで素顔のジャムセッションがくり広げられたという。
31日オフ、福岡から東京に戻る夜はディスコ、クラブに足を運ぶ・・・
4/1には武道館ライヴ、日本中KISS熱に燃え上がっている頃だ。翌2日は昼、夜のダブルショーでこの日のライヴはNHKの「Young Music Show」向けに収録された。(放送内容では昼夜共ミックスされているようだ)
3日はオフ、メンバーはショッピングに・・・そして、4日ピーターは千葉にあるPearlの工場見学、武道館で日本公演のファイナルを向かえる。
日本公演は全10ライヴ、7万人の観客を集めたことになる。5日KISS日本を旅発つ。

実のところこの日本公演のライヴ盤製作が行われていて、プロデューサーであるエディ・クレーマーが3/30には来日。
4/1,2(Day/Night),4日の武道館の4公演を収録。収録された音源はビクターのスタジオである程度のスタイルまで作業が行われた。
駆け足で5日にはエディも日本を発つ、そして音楽雑誌には「ロックン・ロール・パーティ・イン・トウキョウ」が発売!!と掲載されるコトになるのだが、5月には"LOVE GUN"が発売、ご存知の通りそのLOVE GUN TOURを同じエディ・クレーマーのプロデュースによる"ALIVE II"がリリースされてしまう・・・発表された「ロックン・ロール・パーティ・イン・トウキョウ」のレコード番号のまま・・・。
こうして幻になったライヴ・インジャパンだったが、20数年の期間を経てBootlegでその音源?!というものが流れてきてもいる、いずれにしても日本公演がそのままライヴ盤になっていたらChepe Trickのソレとは違ったセールスを見たかもしれない・・・。
それでも"ALIVE II"は多くのアーチストに影響を与えその未来を変化させたアルバムでもあるので、それはそれで納得しないわけにはいかないが・・・。

ミステリアスなKISSというバンドが現実のものとして目の前に現れ、すっかり日本のティーンエイジャーの心を掴んだ彼らの紹介記事は元より特集本も数多く発売され、さらに心惹かれていったのです。
そんな特集本の数々[Music LifeKISS大百科事典|音楽専科KISS日本急襲号/ロックスターVol.1]など。
来日前よりの白熱ぶりも継続してまだ当時は音楽番組も少なかったが、「ぎんざNOW」などのベストテン形式のコーナーでは上位常連のアーチストで、その度に"Hard Luck Woman"などのクリップが流れたものだった。


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